人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[江戸編] 最早、風前の灯!?

実質的には5月の例会から私が会長代行としてクラブを取り仕切った。5月の例会からといっても第1火曜は連休で休みのため、第3火曜から。つまり残すところ3回というわけである。その5月16日第249回例会だが、会員3名、ゲスト2名というお寒い状況だった。コンテストの前後も一桁台の出席者数は改善されず、そこへ来ての会長降板劇で、もはや江戸も風前の灯かと思われた。

しかもこの状況で、6月に行なわれる全日本スピーチコンテストのクラブ予選を行なうことになっていた。出場者は私を含めても2名しかおらず、この日は今夜のトーストマスター、テーブルトピックマスターに加えてコンテストスピーチも行なうという有様だった。もう一人の出場者はユーモラススピーチコンテストで優勝した榊原氏。残る会員参加者は4月に入ったばかりの織田氏なので、流石にコンテストには出場させられなかった。この織田氏であるが、元々は横浜クラブに見学に来られた方で、先のユーモラススピーチコンテストにゲスト参加された際に日本語スピーチに興味を示され、江戸に入会されたというこの時期には貴重な入会者であった。審査委員長には、はまの山下氏をお招きした。

コンテストは2名なので盛り上がるわけもなかったが、その分話すことには集中できたと思う。結果は私が1位で、名古屋で行なわれるスピーチコンテスト出場を決めた。私のスピーチは父親との関係を綴ったもので、以前から話してみたいテーマだったが、難しいテーマなのでこの回限りとした。

クラブコンテストは別の日に行なえばよかったのかも知れない。しかし2ヶ月に1度の割合でコンテストの予定が組まれていた状況では、それも難しかっただろう。人数が少ないので、いつ行なっても大して変わらないのだ。この回などは私以外の会員参加者はここ1年の間に入会された方ばかり。しかも年齢は私より上。クラブ存亡を掛けての正念場というのがこの時期であった。
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by inv-pyramid | 2009-01-07 01:51 | 2000年前半