人はいかにして逆ピラミッドの境地へと達するのか。記憶の中のトーストマスターズの出来事をたどり、現在そして明日への指標を探る、ささやかな独白です(H2O, DTM)。


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[はま&横浜編] 場内爆笑!!ユーモラススピーチかくあるべし

4月1日(土)、奇しくもエイプリルフールのこの日、横浜ランドワークタワーにあるフォーラムよこはまにて、「2000全日本ユーモラススピーチコンテスト」が開催された。前年までは「ユーモア」スピーチコンテストとして開催されていたが、今回は初めて英語クラブと共催するということで、コンテスト名も英語に合わせて「ユーモラス」と改められた。最も発音に忠実にするなら「ヒューモラス」ということになるのだろう。

13時からのスタートで、前半が横浜クラブによる英語コンテスト、後半がはまクラブによる日本語コンテストという順番で行なわれた。ただし、別々に行なうのはコンテストの部分のみで、開会や閉会、表彰式などはバイリンガルで行なわれた。この方式には今でも賛否両論あるが、1日で両言語のコンテストを行なう場合は有効だと思う。

開会の挨拶は横浜の中尾会長、はまの山下会長が並び立って行なったが、実際に話していたのは中尾氏のみで山下氏は添え物感が強かった。これは段取りが良くなかったのだろう。続いてはキルパラニガバナーの挨拶、そいて今回台湾からの訪問団代表として平和クラブ李氏が挨拶された。台湾からの訪問団の今回の最大の目的は翌日に名古屋で行なわれた合同例会の方にあった。英語のコンテストは総勢10名の出場者で、初めて見る顔ぶれが多かった。優勝は当時のACCJから出場したヤングマン氏。温泉をテーマにしたスピーチで、表情や手ぬぐいを使った仕草はいかにもユーモラスで文句なし。2位はコンテスト常連のコール氏で、リストラがテーマ。3位は横浜から出場の浅井氏で、クイズ番組で使う○×表示器を使ったスピーチがユニークでった。後にやまのてで女房役となる浅井氏との出会いはこの時が初めてだったが、まだ言葉を交わすには至らなかった。
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続く日本語コンテストははまクラブが運営。今回は台湾のクラブからの参加もあり、特別枠で桃園成功クラブの瀟氏が出場された。総勢9名の出場者の内、江戸からは榊原氏、そして武蔵からは都合が悪く不参加となった加藤氏に代わり私が出場することになった。私のスピーチは準備期間も短かったので、不出来だったクラブコンテストとは内容を変え、以前東京バイリンガルで披露したスピーチを少しアレンジし、「青天の霹靂」と改題して行なった。リハーサルも十分ではなかったが、いざ始めてみると場内爆笑で、特に最前列で座っていたヤングマン氏が身を乗り出して大受けしてくれたのが印象的であった。結果は榊原氏が1位、はまの東氏が2位、私が3位という順であった。
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日英のクラブが共催で行なうコンテストは前年の論評コンテスト以来久しぶりだったが、今回はその相乗効果がいい形で表れたと思う。タレントも豊富で、何よりユーモアスピーチの競演という舞台設定がよかった。ただし、後日後味の悪い結末を迎えることになった。
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by inv-pyramid | 2009-01-03 16:16 | 2000年前半